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小諸城天守閣 説明

天守閣説明

 小諸城は仙石秀久が1590年に秀吉より5万五千石で拝領して入城。城造りに着手。1600年関ヶ原の頃にはお城の大部分は形成されていたはずである。
 三層の天守閣もその頃までには完成された模様。
 三層の天守とはどのような姿であったのであろう。1500年代の竣工を考えると初期の入母屋造りに望楼をのせた形がしっくりくる。一層目は下目板張りであったか?小諸城の二の門、南丸、三の門などを見るかぎり以外と白壁が多いのに気付く。天守閣も思ったよりも塗り込めの白亜とも考えられる。が防御とすると丸岡城、高島城に見るような下目板張りか。
 大きさは石垣を入れても22〜24メートルほどの天守閣であろう。
1626年の落雷により消失であるとすれば約30年ほどの勇姿でしか無かった。その後は武家諸法度などにより再建は難しかった模様である。
天守閣説明2

 それにしても数々の詳細の図面が残っているのに天守だけ無いのは不思議・・・
仙石秀久は穴城と云う不利な地形に自然をうまく利用して見せる城ではなく、小さいながらも戦える城を築いた吾人である。
   
(図はすべて私の想像による作図であり、何の裏付けの無い事をお断りしておきます)    シーマ




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