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小諸城想像天守閣

天守閣石垣
 本丸は総石垣で馬場側の石垣が一番長い。高さは6mほどである。南は深い谷で、北側に正門が置かれ狭くしてある。中には本丸御殿が置かれ、北西の隅に張り出す形で天守台が築かれた。高さはそれほど高くなく9mほどで、私の子ども時代はそれほど規制されず石垣を登った記憶がある。3分の2ほどは子どもでも登れるがその先は直立していてためらったものであった。
 天守台に上がってみるとそれほど低面積は広くはなく、四隅の石が張り出す構造になっている。長い年月でゆがんではいるものの当時をしのぶことは出来る。ここに3層の天守閣が築かれていた。             想像天守閣
 天守閣がどのようなものであったか想像してみる。
 仙石秀久が小諸に入城したのが1590年関ヶ原の10年前である。豊臣温厚の武将としてはかなり再起をかけ築城を急いだはずである。美と云うよりも実戦的な要塞を考えたはずである。
ただし天守閣は象徴としての役目が強かった様である。時代から想像出来るのは入母屋作りの1層に望楼型の2.3層を重ね破風を付けた初期型の天守閣であると思われる。
 
 この想像天守閣は歴史的資料、図面、絵図などなく、あくまでも私個人が考えた想像の天守閣図でなんの根拠も無いことをお断りしておきます。それでも想像してみたい一心からです。


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