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小諸時代の島崎藤村

初恋

            初恋  若菜集より   島崎藤村 

藤村の小諸時代(1)
島崎藤村は1899年(明治32年)恩師木村熊二の小諸義塾に教師として赴任。6年あまり小諸町に過ごすし
「千曲川スケッチ」を書いた。
「若菜集」「一葉船」「夏草」「落梅集」の詩集で明治浪漫主義を確立。落梅集に小諸なる古城のほとり雲白し夕日かなしむ・・・「千曲川旅情の歌」が収録されている。
その後東京にもどり小説への道に進む。
 藤村の過ごした小諸の町はどのように映ったであろう。明治になり鉄道が敷かれ、国道が整備され駅から真っ直ぐの商店街相生町が造られ、駅前開発の為三の丸は更地に、大手門のみその場所に残った。
 馬場裏の藤村の住居から小諸義塾(三の門左上)に行くには線路を渡る踏切が三の門右の石垣の前にあった。小諸の町は商人の町として賑わい本町、荒町と四季を通して祭りや行事が行われ近隣在郷の人達もくりだし、旅籠も何軒か有り交通の要所としても賑わった。製糸業も盛んであった。
 子どもの頃は正月成田山に始まり鹿島神社、八幡神社の八朔相撲、熊野神社のちょっと怖かった神楽、7月13日には町内ごとの神輿が繰り出し神輿同士のつばぜり合いがあったり、たなばたで街は彩られ11月にはえびすこうで大変にぎわっていた。
                                                シマ

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