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三の門入り二の丸をのぞむ

ninomaru-fukan
    三の門内動物園i入口より二の門、二の丸俯瞰 古地図参考建物は想像
現在三の門を入ると真ん前に入場料金所がある。入場してすぐ右手のゆるい坂が二の丸石垣にそってつづく。又左は茶屋があり坂を登ると動物園入り口である。この茶屋の手前に小石垣と石の階段がある。この小石垣は水櫓跡である。当時の小諸城は火山灰地であるため井戸がなく やむなく街を流れる中沢川より鹿島神社の横より城内に入れ花見櫓の脇より落とし三の門横より水櫓に持って来て水櫓で二の丸にくみ上げていた。
2012.6mizuyagura
古地図によると敵の防御も兼ね二の門に向かうにはこの水櫓を回り込み、今より傾斜のきつい平小田坂(ひらこださか)別名一騎立(いっきだて)と云われ馬でもキツかったと思われます。
二の丸石垣は明治に国道や信越線の駅舎つくりに使用され裸にされましたが昭和59年に今の石垣に再建されました。今は真っ直ぐですが当時は水櫓でくの字にまげて積み上げられていました。又現在の石ほど大きくない石で組まれてました。
坂を昇りきると枡形の二の門が見えます。枡形は狭く二の丸 南丸の石垣に乗っかるように出来てます。狭い枡形のせいか二の門は石垣に対し斜めに建てられています。難しいつくりです。南丸には櫓を配して二の門との防御を担った最重要の場所です。
門を入るとすぐ右に階段があり二の丸です。
二の丸
かの徳川秀忠が関ヶ原西進中上田城攻めを敢行して足止めを余儀なくされたときに泊まったとされています。
当時の二の丸は本丸への防御の為でしたが戦乱がおさまり二の丸の役目は城内の御台所で殿様の食事やお餅をつくてました。
現在の二の丸は荒れ果てて草が生い茂り、花壇もありますが当時の館跡の痕跡は皆無です。水櫓より三の門よりに石垣が突き出ていて櫓がありました(古地図に載っているので存在していたはず)
北側はもっと荒れてます。現在は駐車場、私の記憶ではもと遊園地であった。埋め立てられてしまいましたがここはもっと深い谷がせまってました。
ホテル付近から三の門にかけては切り通しで今よりもっと二の丸崖がせまっていました。

次回は中仕切り門に向かいます
              古地図、文献、現在地図を参考に作画      シマ






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小諸富士見城址

2012.6sannnomon
fujimijyou-1
fujimijyou-2

久しぶりに小諸に行って来ました。
今回は高原美術館の国画会版画部の展覧会を観るのが第一でした。高原美術館は関越道で東京方面より走ると目の前に突然現れる小山に三角屋根が見えびっくりさせられます。
小諸インターを降りもう一度登って降りる煩わしさはありますが、ここは絶景です。
浅間からつづく傾斜面に町全体がすっぽり見渡せます。佐久平、千曲川そして対岸の御牧台地、上田に至る千曲川ぞいと、まさに360度パノラマができます。
美術館に隣接する小山は富士見城址規模は小さくても小諸城の出城にしてはこの上ない砦です。狼煙を上げればそく小諸城に即伝わったことでしょう。
田植えも終わって棚田がきれいでした。
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